幻霧ノ塔ト剣ノ掟

 

幻霧の森と呼ばれし森は 深き霧に包まれし
霧の奥に何あるか 誰一人として知る者はなし

 

  ねっとりとした濃い霧が、晴れることなき幻霧の森。 その外れに、ひっそりそびえる古き城。 無数の戦旗が掲げられ。城主の力を物語る。 小さいながらも覇気に満ち溢れたこの城こそが、覇王クロッカスの居城である。
  数年前までは辺境の一領主にすぎぬ彼であった。 しかし流浪の魔術師ティルフィングを宮廷魔術師として抱えてからは、まさに破竹の勢い。 次々に戦果をあげ、いまやカヤナーヤの統一も目前であった。


  そして今宵もまた、展望の間では戦勝の宴が催されていた。 宴もたけなわ。王妃の来訪を告げるベルの音が展望の間に響く。 談笑のざわめきが、ひそやかなそれに変じる。 しかしすぐにそれすらも、王妃の歩みが消して行く。
  王妃の美しさもさることながら、彼女が身に着けていた首飾りの魔性の如き輝き。 人知を超えた艶やかなきらめき。 皆、語らうをやめ。嫉妬と羨望の眼差しを王妃へと注ぐ。


  静けさをまとい。歩みを進め。王妃がティルフィングへと笑みを向けたその時。突然、ティルフィングが王妃へと襲い掛かった。

  彼は彼女から首飾りを奪い。バルコニーへと猛進し―― そのまま身を投じた。

  悲鳴。どよめき。狂乱。 ティルフィングを追い、バルコニーへと駆け寄る人々。


  幾人かはそれを目の当たりにしたという。 竜へと変じるティルフィングの姿を。
  そして皆がそれを見たという。 幻霧の森へと飛び行く竜を。 力強き竜のはばたきが、永劫の霧を散らすその様を。


  霧は薄れ、陰鬱な森が姿を見せる。 さらに強きはばたきと共に、天を貫く巨大な塔が姿を現す。

  竜はゆっくりと旋回し。 塔の上に舞い降りた。


そして幾年月――